2011年5月11日 (水)

南三陸町の叔母

連休に母と兄貴が南三陸町に住んでいる叔母に会いに行った。私はまだ新しい仕事に慣れていなくて疲れていたので、長旅には同行せず。

南三陸町ー合併前の名前は志津川。おばちゃんは山側に住んでいるので、長い間連絡が取れなかったけど、大丈夫、だいじょうぶと家族で言い合ってた。でも実際は、当日はお年寄りの慰労会で津波のまっただ中にいたそうだ。おばちゃんが逃げた5階建てのビルの屋上がたまたま流されなかっただけ。おばちゃんと一緒だった500人のおじいちゃんおばあちゃんは奇跡的に無事。おばちゃん75才のはずなんだけど、もっと年配のお年寄りたちを支えて、2日後に歩いて帰ってきたそうだ。

おばちゃーん、直接はたいした事できないけど、今度は介護の仕事するから、私も地元のおじいちゃんおばあちゃんのお世話するから、今回行かなかったの許してね。今度行く時まで元気にしてて。

おばちゃンちは、もともと上下水道通してなくて、トイレは便壷で、毎年炭焼きをしているから、ガス水道電気なくともちっとも困ってない。水道に変えてしまったご近所さんにわき水の提供をしているそう。
兄貴は「あ〜、あのトイレには参ったまいった!」って帰ってから言ってたけど、便器に染め付けの陶器を使っていて、お庭も緑がいっぱいで私には美しい思い出なんだけどな。便壷にはいっぱいうじクンや微生物たちが住んでるからちっとも臭くないし。
庭の野菜も畑も「まわりを見て何を植えようか決めてるだけで、なんも考えとらんちゃ」なーんて笑ってたかわいいおばちゃん。無事でよかった。

私も社会で少しでも具体的に役に立てるようになるために!
生活の知識とスキルを上げていくぞ〜

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2011年3月26日 (土)

出国組を成田空港まで見送り

震災から2週間、実家生活も2週間目となりました。居候暮らしも板についてきて?親のお小言も右から左へ受け流せるように(笑)。

お隣のいとこたちとのきょうだいライフを楽しんでいたsoraでしたが、兄嫁のmariaさんは子ども2人を連れて母国であるコロンビアへ一時帰国することに。
政府チャーターの軍用機が成田空港に迎えに来たので、世界での日本の状況はとても悪いのだなと実感。空港では仕事を失った人たち、子どもだけ、妻子だけを帰国させる人たちが長い列を作ってました。チリの人たちも一緒。日本からの直通便はないので、初めてコロンビア行きの掲示が出たんじゃないかな?>成田空港のカウンター。特別便だったので、フライトの電光掲示板には案内は出ませんでした。
そして、ご当地コロンビアでは軍用の空港に到着、大統領とマスコミに出迎えられたそうです!!何はともあれ無事に着いてよかった。
日本ではその後も余震が続いて家は揺れているし、乳幼児への水道水問題、計画停電は土日を除いてほぼ毎日だからmariaさんにはかなり心労だったと思うので、お母さんの所でゆっくり過ごして来て欲しいです…っても計画停電、長く続くみたいだし、原発の行方はまだまだ不透明だし、帰国どーなるんだろー。。兄貴が言うには、mariaさんは結婚12年でも日本国籍の許可は出ていなくて、子どもたちは2重国籍だから何年あっちにいても問題ないそうだ(そうだよね)。

Narita
この帰国騒動は先週の話ですが、全然帰国が決まらない内から兄貴は列に並んで私の車までガソリンを満タンにしてたから、落ち着かなかったのかな。飛行機が飛ぶまで2日間成田まで往復。最後の見送りは女&子どもオンリーだったので、車の運転ができてよかったと思いました。兄貴の車は大きいし、雨は強いし、ナビが使えないから緊張した〜

Sora_hikariこちらは日本でのsoraとhikariの仲良しぶり(この画像では親達の買い物に待たされ過ぎてダルい表情になってますが)。2人は顔合わせてすぐに意気投合して、soraは遠慮なくhikariに乗しかかったり、ぽかぽか叩いてみたり。幼稚園のお友だちにはここまで近づかないから、やっぱり親族って違うのかな??


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2010年2月 1日 (月)

家族でやっていくということ

Kazy
Soramizu
この画像は正月1月2日にお宮参りに行く時に撮った写真。上は私で下はkaz。kazが2年半ぶりに自分のためにカメラを持ち歩いた初めの日。仕事がらみ、行事がらみでカメラを使う事はあったけれど、カメラには他の使い道があったんだっけ、と思い出したように自分のカバンに押し込んでた。

子どもができて、入籍して、怒濤のような3年半だったな〜。kazがうつ病だなんて分かってたけど、何か特別に気を使う余裕なんてなかった日々だった。もちろん、うつだからって特別視して何かできる事なんてなにもありゃしないと思うけど、はたと気づいてみたら、相変わらずの低空飛行どころかやばい感じ?
私の「こんなはずじゃなかった」的なストレスの行き場はkaz。一方、kazはため込むだけでどこにも行く所なんかないし。もともと結婚には夢も希望もないと言い切っていた独身時代のまま「夢も希望も無い結婚生活」を創り出そうとしているのは私かもしれない…そういう昔の私の負の部分で傷つけてたかな〜と大いに反省した年末年始でした。

もちろんkazと私は大の仲良しです。
でも私は「結婚」とか「家族」とか、そーゆー言葉に暗黒イメージを持っていて、息苦しかったのです。その息苦しさがkazを追いつめていたかなぁ、と。もともと雨が降っても心が痛いような人なので、私が口に出そうが出しまいが、はねのける事はないのです。雨が降っているのに傘がないような人柄なのを知っていて、傘を差し出すどころかバケツで水をかけるようなことは不毛だ。

kazは写真ブログを2年半ぶりに再開して、自分の気持ちを詩みたいに書き出した(実際には更新はたまにしてたけど、調子の悪い時によくやる画像や映像貼付けで要注意信号)。
美しい画像にくっっっっっっら〜〜〜〜〜〜〜い言葉が添えられていて、ふいと死んじゃうんじゃないかと思うと私の方が倒れそうだけど、
「本当に調子悪いときはブログなんてできないよ」
と言うので、それはそうだなと思う。

写真って面白いなと思う。
こんな光景を見ていたんだ、こんな風に見えるんだ、って。
忙がしがってる私より豊かな瞬間を過ごしてるじゃん、て思う。
比べることじゃないけどね。

そんなこんなでぐだぐだ考えるのはいい加減やめにして、soraとkazと3人でやっていく場の名が家族だとしてもそれはそれでいいのだと、仕切り直しな2010年です。

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