soraはやっと病気から回復。連休の最後の日にはパパとふたりきりでお留守番もできました。よかった。
先々週ぐらいかな。具合が悪くてママ、ママな時に(うちではママ病と呼んでいる)「kazも抱いてあげて」と預けて夕飯の準備をしていたら、泣き尽くして最後にはkazにゲロを吐きかけた。その後もずーっと寄りつかなくて、パパの存在は必要ないのか??とまで考えたけど、調子が戻ったらひざに乗るようにもなったし、ご飯も食べさせてもらってる。よかったねぇ、kaz。
ママしか頼りにしてないとなると、私も参っちゃうので回復してくれて本当によかった。
保育園はまた泣き別れに戻ってしまった。泣き叫んで追っかけてくるのを保育士さんに取り押さえられてひっくり返って泣く姿を見ると胸が痛い。この時期に子どもを預けて働くことは大切なのか?と真剣に考える。働くことは大切かなんて疑問以前に生活に必要なんだからしょうがない。家にいて子育てができるなんてステイタスだよなぁと思う。そもそも一人の頃は子どもは贅沢品だと思っていたから、子どもを持ったこと自体もステイタスなんだろうなぁ。維持が大変です、維持費が。
サラリーマンの夫がいて少なくとも子どもが小さいうちは専業主婦の妻がいて子どもが2〜3人いてマイホームがあるというのが昭和家族の幸せを象徴するスタイルだったんだと思うし、私もその子どもの一人。私の友人知人もそういう家族で育ったケースが多い。今の私は違うから、そういう人と話をすると責められているような感じがする。こんな小さな子を預けるなんて…とか、この時期はあっという間で一生に一度しかないのに、とか。悪気はないんだろうけど。
小売業で働くようになって、母よりは下の世代の、ずっと働いてきた女性と話をする機会が多くなって、なんだか新鮮。マニュアル車を運転できて当たり前で、経営者感覚があって(儲かってるかは別として)、自立してる(当たり前か)。雇われで仕事して自立してる女性とはタイプが違う感じ。
なんといっても、育児や仕事の点で話していて気が休まったり、笑ったり、参考になるのは今の所自営タイプの人。母親業といっても千差万別。
多分彼女たちはシスターフッドという言葉は知らないと思うけど、つながり方とか、助け合い具合とか、シスターフッドっぽい。以前の私はその言葉に憧れがあったけれど、実現できていたのかどうか。思い返してみると心もとない。采配できることと自分の力量のバランスというのもあるだろうし。
気になる言葉は失念してしまうぐらいがちょうどいいのかも知れない。助け合って、感謝して、お返しして、つながりあっている。ふと気がついたらそんな関係に日々助けられている、で 十分なのかも。
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